セザンヌの絵が解き明かす、現代の脳科学

2016/08/30

画家セザンヌが生きた19世紀、人間の感覚は、外の世界のありのままの姿を反映したものであると考えられていました。

例えば、視覚。
人間がモノを見るとき、眼は、まるでカメラのように機械的に光の粒子を集め、その情報を脳へ送る。そう理解されていたのです。

このころ隆盛をきわめた印象派のモネやルノアールの絵には、この当時の考え方がとてもよく表れています。彼らは、風景は単なる光の集合体であると考えていたようです。

クロード・モネ「積みわら Haystacks at the end of the Summer, at Giverny. 1891 」 インテリア アート 絵画 プリント 額装作品 フレーム:木製(黒) サイズ:S (221mm X 272mm)
「積みわら 夕陽」 クロード・モネ

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脳科学を先取りした芸術家、セザンヌ。

しかし現在の科学では、「見る」という行為はそれほど単純ではないことが分かっています。なぜなら、「見る」ことのメカニズムが次第に明らかになってきたためです。
光が網膜を刺激した後、眼はどのような情報を得て、また、それが脳によってどのように理解されるのか。現在では、そうした仕組みが解明されつつあります。

プルーストの記憶、セザンヌの眼」という本の著者によれば、セザンヌは、脳科学を先取りした芸術家の1人なのだそうです。私たちがどのようにモノを見ているのか、つまり、視覚のメカニズムを絵によって示しているのだといいます。

現代の私たちは、セザンヌが正しかったことを知っている。私たちの眼に映る像は光子から始まるが、それは始まりにすぎない。私たちが眼を開くたびに、脳はその驚くべき想像活動によって、光の残留物を、私たちにとって理解可能な形と空間の世界に変える。・・現実は脳によって作られるのだ。

著者によれば、セザンヌは、「視覚のメカニズム」を示すために、1枚の絵の中に2つの世界を同時に表現しているそうです。その2つの世界とは、視覚体験における、「最初に眼に映る世界」と「それが脳によって理解された後の世界」です。

シャトー・ノワールの洞窟の岩

上のリンクから「シャトー・ノワールの洞窟の岩」というセザンヌの絵をご覧ください。
この絵は、一見すると何が描かれているのかはっきりとしません。しかし、だからといって、描かれた対象が何であるかまったく把握できないわけではありません。木や岩が描かれていることは何となく分かります。
つまり、セザンヌは、絵が意味不明になる寸前のところで、モチーフの抽象化を踏みとどまっているのです。

なぜ、セザンヌがこのような半抽象とも言える、ある意味中途半端な世界を描いているのか。
それは、先程述べた2つの世界、「最初に眼に映る世界」と「それが脳によって理解された後の世界」を、同時に表現するためなのです。

セザンヌの絵には境界線、すなわち物同士を区切る黒い輪郭線がありません。その代わりにあるのは絵筆の跡だけであり、表面のあちこちで色と色が結びあわされ、一つの色が別の色に変わっていくように見えます。セザンヌが示したこの抽象的な様相が、実は私たちの眼が最初にとらえる世界なのです。脳によって解析される前の現実はこのように見えるそうです。

しかし抽象的な色や形は、次第に現実の対象と繋がっていきます。私たちの脳は、この頼りない色のモザイクから、見たことのある風景をつくりあげるのです。セザンヌは、この脳の働きを、経験によって理解していました。だからこそ、敢えて対象の抽象化を試みたのです。

視覚はきわめて個人的な現象

セザンヌは、彼がとらえた現実を忠実に再現しようと格闘した結果、科学を先取りする絵を描いたと言えるでしょう。なぜそのようなことが起ったのかと言えば、実は、「視覚は芸術に似ている」からだと著者は言います。私たちは、眼がとらえた抽象的な情報を個々人の脳にふさわしいように曲げて解釈しています。視覚はすなわち、きわめて個人的な現象なのです。著者は次のように言っています。

私たちが脳の中で見ているものを表現する方法は、芸術であって科学ではない。この点で、絵画は現実に最も近い。絵画は私たちの経験に最も接近させてくれる。

科学的な視点を取り入れて絵画というものを見直してみると、単に物を見てそれを忠実に表現すること自体が、実はとても奥深いことに気付かされます。
私たちは、自己表現ということを過剰に意識し過ぎるのかもしれませんね。意識的に表現するまでもなく、個々人が見ている世界がすでに異なるのですから。

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